笠間稲荷神社

由来

東京都中央区日本橋浜町二丁目11番6号に別社笠間稲荷神社がある。
本殿の左側には寿老神が祀られており日本橋七福神の一社でもある。

安政6年(1860年)、笠間藩主牧野越中守貞直が濱町の藩邸内に分祀したものである。私祠であるが、初午の日には市民の参拝のために門戸を開放したという。

明治6年12月(1873年)、現在の地に遷座。明治11年3月6日(1878年)、官許を得て庶民の参拝を許した。明治21年(1888年)、牧野家より笠間稲荷神社に移管された。

大正12年9月(1923年)、関東大震災により社殿が焼失、直ちに再建される。
昭和20年3月(1945年)、東京大空襲により、ふたたび社殿が焼失するが、同年12月に本殿と仮社務所が出来上がり、昭和28年9月(1953年)には拝殿を再建。

昭和32年(1957年)には社務所、昭和33年(1958年)に玉垣、昭和53年(1978年)までに幣殿が完成、現在に至る。

御祭神

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

『古事記』では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、『日本書紀』では倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と表記する。

名前の「宇迦」は穀物・食物の意味で、穀物の神である。また「宇迦」は「ウケ」(食物)の古形で、特に稲霊を表し、「御」は「神秘・神聖」、「魂」は「霊」で、名義は「稲に宿る神秘な霊」と考えられる。

記紀ともに性別が明確にわかるような記述はないが、古くから女神とされてきた。

寿老神(じゅろうしん)

酒を好み頭の長い長寿の神とされる。日本では七福神として知られているが、福禄寿はこの寿老人と同一神と考えられていることから、七福神から外されたこともあり、その場合は猩猩が入る。
寿老人は不死の霊薬を含んでいる瓢箪を運び、長寿と自然との調和のシンボルである牡鹿を従えている。手には、これも長寿のシンボルである不老長寿の桃を持っている。

年間行事

1月

日本橋七福神巡り
1日~7日

七福神(日本橋)

寿老人

道教の神で南極星の化身の南極老人。
日本の七福神の一人としては白鬚明神とされることもある。

場所

     
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