水天宮

東京都中央区にある「水天宮」を参拝しました。

水天宮は 2016年 4月 8日(金)に 新社殿となり、現代的な免振装置で支えられる構造になっていりますので、周囲に植栽帯が配置されています。

2018年には「江戸遷座200周年」を迎えられ、5月 3日に 奉祝祭 が行われてります。2018年内には記念御朱印が配布されていたそうです。

由来

久留米の水天宮は久留米藩歴代藩主(有馬家)により崇敬されていたが、文政元年(1818年)9月、9代藩主有馬頼徳が江戸・三田の久留米藩江戸上屋敷に分霊を勧請した。これが江戸の水天宮の始まりである。

藩邸内にあったため一般人の参拝が難しかったが、江戸でも信仰者の多い水天宮への一般参拝の許可を求める伺書を幕府へ提出、幕府のこうした事例は関与しないとの見解を得た上で、同年から毎月5の日に一般開放された。その人気ぶりは「情け有馬の水天宮」という地口も生まれたほどであった。有馬家の会計記録には「水天宮金」という賽銭や奉納物、お札などの販売物の売上項目があり、その金額は安政年間の記録で年間2000両に上り、財政難であえぐ久留米藩にとって貴重な副収入だった。

明治4年(1871年)、有馬家屋敷が移転することになり、それとともに赤坂に遷座したが、翌明治5年(1872年)、有馬家中屋敷(近隣の中央区立有馬小学校に名前と痕跡が残る)のあった現在の日本橋蛎殻町二丁目に移転した。

江戸鎮座200年記念事業として社殿の建て替えを行った。
それに伴い、平成25年(2013年)3月1日から平成28年(2016年)4月7日までの間は、日本橋浜町の明治座そばに仮宮が設けられていた。
これは少なくとも、昭和40年代初期に嵩(かさ)上げ工事をして二階建てとなって以来、ほぼ半世紀ぶりの遷座である。平成28年(2016年)4月8日より新社殿への参拝者の受け入れを開始した。
新築に合わせて最新の設備が導入され、社務所や待合室は非常に現代的な造りとなった。
さらに社殿だけでなく参道や回廊など境内全体に免震構造が採用されている。

有馬家との縁は続いており、2016年現在の宮司有馬頼央は、有馬家の第17代当主である。

御祭神

天御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)

日本神話の天地開闢において登場する神である。
神名は天の真中を領する神を意味する。『古事記』では神々の中で最初に登場する神であり、別天津神にして造化三神の一柱。
『日本書紀』の本文には記述がなく、第一段の第四の一書に天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)として記述されている。

安徳天皇(あんとくてんのう)

高倉天皇の第一皇子。母は平清盛の娘の徳子(後の建礼門院)であり、3歳にして第81代天皇に即位された。

建礼門院(けんれいもんいん)

清盛と後白河法皇の政治的協調のため、高倉天皇に入内して第一皇子・言仁親王(後の安徳天皇)を産む。
安徳天皇の即位後は国母となるが、高倉上皇と清盛が相次いで没し、木曾義仲の攻撃により都を追われ、壇ノ浦の戦いで安徳天皇・時子は入水、平氏一門は滅亡する。
徳子は生き残り京へ送還されて出家、大原寂光院で安徳天皇と一門の菩提を弔った。

二位の尼(にいのあま)

壇ノ浦の戦いで一門が源氏軍に最終的な敗北を喫すと、安徳天皇に「浪の下にも都の候ぞ」(『平家物語』)と言い聞かせ、幼帝を抱いて海中に身を投じ自害した。

年間行事

【毎月】

月次祭(つきなみさい)
1日、5日、15日
戌の日
巳の日
東日本大震災復興祈願祭
11日

【1月】

初水天宮
5日
火風神社祭
6日

【2月】

節分祭
3日
祈年祭
17日

【3月】

高尾神社祭
4日
春季祖霊祭
春分の日

【5月】

例祭
5日
寳生辨財天例祭
第二巳の日

【6月】

夏越の大祓
30日

【9月】

秋季祖霊祭
秋分の日

【11月】

秋葉神社祭
18日
新嘗祭
23日

【12月】

納めの水天宮
5日
年越の大祓
31日

その他の行事

献茶祭(有料)

七福神(日本橋)

弁才天(弁財天)

七福神の中の紅一点で元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神。
仏教に取り入れられ、音楽・弁才・財福・知恵の徳のある天女となり選ばれた。
七福神の一柱としては「弁財天」と表記されることが多い。

場所

     
バ ス電 車
※境内の1階部分には 最大40台の駐車場 があります。