椙森神社

東京都中央区にある『椙森神社(すぎのもりじんじゃ)』に参拝しました。

参拝のタイミングがあまり良くなく、何かのお祭りの前後のようで境内の内外には資材が置かれている状況でしたので、あまりゆっくりと散策することは止めておきました。

次回があればゆっくりと見て回りたいと思います。

由来

藤原秀郷が平将門の乱鎮定のため戦勝祈願し、戦後白銀の狐像を奉納したとされる。文正元年(1466年)には太田道灌が雨乞いに霊験があったとして山城国稲荷山五社大神を勧請して祀った。

江戸時代には江戸三森(椙森、柳森、烏森)の一つに数えられ、庶民だけでなく松平信綱や松平頼隆といった諸大名からも崇敬を集めるようになった。寛文年間には吉川惟足が大巳貴大神の託宣を受けて恵比寿大神を祀った。

社殿は関東大震災で焼失し、昭和6年(1931年)に鉄筋入り耐震構造で再建された。

御祭神

倉稲魂大神(うがのみたまのおおかみ)

『古事記』では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、『日本書紀』では倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と表記する。

名前の「宇迦」は穀物・食物の意味で、穀物の神である。また「宇迦」は「ウケ」(食物)の古形で、特に稲霊を表し、「御」は「神秘・神聖」、「魂」は「霊」で、名義は「稲に宿る神秘な霊」と考えられる。

記紀ともに性別が明確にわかるような記述はないが、古くから女神とされてきた。

素戔嗚大神(すさのをのおおかみ)

日本神話に登場する神である。
『古事記』では建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、速須佐之男命、須佐之男命、『日本書紀』では素戔男尊、素戔嗚尊等、須佐乃袁尊、『出雲国風土記』では神須佐能袁命(かむすさのおのみこと)、須佐能乎命などと表記する。

スサノオは多彩な性格を有している。母の国へ行きたいと言って泣き叫ぶ子供のような一面があるかと思えば、高天原では凶暴な一面を見せる。
出雲へ降りると一転して英雄的な性格となる。
八岐大蛇退治の英雄譚は優秀な産鉄民を平定した象徴と見る説も根強く、草薙剣の取得はその象徴であるとの解釈も多い。

大市姫大神(おおいちひめのおおかみ)

日本神話に登場する女神。
『古事記』にのみ登場する神で、須佐之男命の系図に登場する。大山津見神の子で、櫛名田比売の次に須佐之男命の妻となり、大年神と宇迦之御魂神(稲荷神)を産んだ。

大巳貴大神(おおなむちのおおかみ)

須佐之男命の娘である須勢理毘売命(すせりびめのみこと)との婚姻の後にスクナビコナと協力して天下を経営し、禁厭(まじない)、医薬などの道を教え、大物主神(おおものぬしかみ)を祀ることによって葦原中国(あしはらのなかつくに)の国作りを完成させる。
だが、高天原(たかあまのはら)からの天照大御神(あまてらすおおみかみ)の使者に国譲りを要請され、対話と武力を交えた交渉の末に幽冥界の主、幽事の主宰者となった。
国譲りの際にかつて須佐之男命から賜って建立した「富足る天の御巣の如き」大きな宮殿(出雲大社)を修復してほしいと条件を出したことに天津神(あまつかみ)が約束したことにより、このときの名を杵築大神(きづきおおかみ)ともいう。

四大神(しのおおかみ)

どのような神様なのかを調査中です。

恵比寿大神(えびすのおおかみ)

えびすは日本の神で、現在では七福神の一員として日本古来の唯一(その他はインドや中国由来)の福の神である。
古くから漁業の神でもあり、後に留守神、さらには商いの神ともされた。
夷、戎、胡、蛭子、蝦夷、恵比須、恵比寿、恵美須などとも表記し、えびっさん、えべっさん、おべっさんなどとも呼称される。

年間行事

毎月

月拝講祈願祭
1日
月次祭
16日

一月

元旦祭
1日

二月

節分日
節分祭

三月

初牛日
春祭

5月

例大祭
15日、16日

6月

大 祓
30日

10月

恵比寿神祭
19日、20日

11月

秋 祭
26日

12月

大 祓
31日

七福神(日本橋)

恵比寿

伊邪那岐命・伊邪那美命の間に生まれた子供「蛭子」(ヒルコ)、もしくは大国主神の息子である「事代主神」(コトシロヌシ)などを祀ったもので古くは「大漁追福」の漁業の神である。
時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす神となった。
唯一日本由来の神である。

場所

     
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