小網神社

東京都中央区にある『小網神社』を参拝しました。

平日の昼に参拝したのですが、常に参拝者がいましたので、とても有名な神社なのだと思います。

由来

開基の年代は分かっていませんが、元は万福庵という恵心僧都が開基した庵に、観世音と弁財天が安置されたと伝えられています。

文正元年、 万福庵の周辺で悪疫が流行ってしまいましたが、当時の庵主の夢枕に恵心僧都が現れて解決方法を告げ、村人たちがお告げに従い、日夜祈願し続けると村の悪疫は鎮まったと伝えられています。

領主の方がこの伝えを聞き、参拝された後、土地を寄付して小網山稲荷院万福寿寺と名付けられたと伝えられています。

明治維新後、小網稲荷神社となり、大正期の明治神宮造営の大工一門により造営されました。
現在では戦禍を免れた日本橋地区唯一の木造檜造りの神社となっており、「昇り龍」と「降り龍」の彫刻はすばらしく、「強運厄除の龍」としても有名です。

その後、小網神社となり、社殿・神楽殿は中央区の文化財に登録されています。

御祭神

倉稲魂神(うがのみたまのかみ)

『古事記』では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、『日本書紀』では倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と表記する。

名前の「宇迦」は穀物・食物の意味で、穀物の神である。また「宇迦」は「ウケ」(食物)の古形で、特に稲霊を表し、「御」は「神秘・神聖」、「魂」は「霊」で、名義は「稲に宿る神秘な霊」と考えられる。

記紀ともに性別が明確にわかるような記述はないが、古くから女神とされてきた。

市杵島比賣神(いちきしまひめのかみ)

日本神話に登場する女神で、宗像三女神の一柱。水の神である。『古事記』では市寸島比売命、『日本書紀』では市杵嶋姫命と表記する。別名、狭依毘売命(さよりひめのみこと)。

タギツヒメ(多岐津姫命(たぎつひめのみこと))・タキリビメ(多紀理姫命(たぎりひめのみこと))・イチキシマヒメの三女神を特に宗像三女神という。

福禄寿(ふくろくじゅ)

道教で強く希求される3種の願い、すなわち幸福(現代日本語でいう漠然とした幸福全般のことではなく血のつながった実の子に恵まれること)、封禄(財産のこと)、長寿(単なる長生きではなく健康を伴う長寿)の三徳を具現化したものである。宋の道士・天南星の化身や、南極星の化身(南極老人)とされ、七福神の寿老人と同体異名の神とされることもある

容姿としては、背が低く長頭で長い髭をはやし、杖に経巻を結び、鶴を伴っている姿とされる。

年間行事

1月

歳旦祭
1日
日本橋七福神詣
1日~7日

2月

節分祭
3日

3月

初牛祭
牛の日

5月

例大祭
28日

6月

夏越の大祓
30日

10月

万福舟乗弁財天大祭
28日

11月

どぶろく祭
28日

12月

年越の大祓
31日

七福神(日本橋)

福禄寿

道教の宋の道士天南星、または、道教の神で南極星の化身の南極老人。
寿老人と同一神とされることもある。長寿と福禄をもたらす。

地図

     
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